ある女海兵の話

第二話

ドジの代償



「セ、センパイ〜!! たい、大変です! あ、いたっ!」  鈍い音が響きうずくまった。 「どうした?」 「あ! そうそう大変なんです! 七星剣の、七星剣のクロアチアが!! 討たれました!」 「……なんだと!?」 「東の海出身の賞金のルルとその一味によって討たれました。ただ……クロアチアはで反乱を企んでいたそうで、その阻止を……」 「反乱?反乱軍は別にいたのではないか?」 「内乱を操っていたのはクロアチアだったとのこと。騒ぎに乗じ国を乗っ取る気だったのでしょう」 「さて、どうする……七星剣がを企て、それを他の海に阻止され倒されるなどの威信に関わる……」 「一応、スモークさんが付近に居られクロアチアと戦われたとのこと」   「例え謀反を企んでいたとしてもクロアチアは政府の人間でした……麦わらのルルの賞金を引き上げようかと思っているのですが……」 ああ、それでいい。今の麦わらの所在はわかるか? 未だアラバにいるとのこと。海軍を派遣しますか? ああ、頼んだ。……緊急会議を開く、招集しろ はっ!現在本部にいる大量はボランティアさんお一人、中身は4名小15名准32名ですが近海の者も呼び寄せましょうか? 頼んだ はっ カツカツと靴音を高らかに響かせながらヒルデはセンパイの後ろに続くようにして歩く。 「こちら一億以上の賞首達を纏めたものです」 「ああ、すまんな」 「いえ……あっ!」 「す、すみません……センパイさん」 「おい」 「……なんでしょうか」 土足でずかずかと机に上がり込んで一向に下りる気配のないドレスに眉をつり上げる。 そう怖い顔をするなと指摘されて瞼を伏せた。小さく深呼吸をすると怒りが落ち着いてくる。 とはいえ次の一言で再度怒りが沸いてくるのだが。 「ので待っていろ」 「は?お断りします」 「半年前の任務」 深く息をつき遠くを見るしかできない 「フフフ」 「センパイさん……」 「変なことをしてみろ、処分するぞ」 「あァわかってるよフフ」  焼き鳥にしてやるぞと凄むセンパイに 「海賊に脅されるなどの恥です!このままではお祖父様の顔に泥を塗ることになります。腹の一つでも切らねば示しがつきません!!」 「何やってんだ?」 「始末書です」 「始末書?」 「ええ……遠征任務で少しドジりまして……降格処分は免れたんですが少しばかり減給に」 「ほー、そりゃ可哀想になァ?代わりにおれがやろうか?」 「けっこうです。買収される気はありませんから。私はそんなもののためにこの職に就いたわけではありませんので」 「フそうかそうか……じゃあうちに来るか?うちなら多少の失敗は咎めねェよ。無論、裏切りは許さねェが」 「それで?軍を裏切った私を迎え入れると?」 冗談でしょうと声音に嘲りを籠めたヒルデの視線は冷たい。軽蔑と苛立ちと偽りを咎める 「一度裏切った人間はまた裏切る……そうは思いませんか?」 「……ああ、ああそうだなだからおれは……」 「?」 「いや……ただお前がまた……今度こそ俺を選ぶと言うのならおれは……もう一度だけ……」 「何を……言ってらっしゃるんです?」 不気味そうに顔を歪めたヒルデの眼差しは優しい。同情の色が混じっている。 「センパイさん、クラブさんの命でバスコーが下されたとのこと。場所は、エニです」 「すぐそこではないか!」 「ええ、ですのでもう出撃しております」 「センパイさん、火拳のエールを捕らえたとから連絡がありました」 「……そうか」 「センパイさん、あの話は本当なのですか?」 「……さてな」  言葉少ななセンパイの様子に事実なのだと察する。眉間にきゅっと皺が寄ったのを自覚してそれをほぐすべく指で擦(さす)っているとセンパイがなにごとかを呟いた。 「そろそろケリをつけねばならんな……あの時代と」 「え?」  上手く聴き取れなくって聞き返せばなんでもないと優しく微笑まれた。 「大変なことになりましたね」 「おうちどうするかお祖父様にあとで聞いておかないと……」 「ふたりとももともとここに住んでるみたいなものだったじゃない」 「えー……でも父上の遺品とかありますから」 「万が一があっても困りますし、それをどうするか考えないと」 大時代は様々なモノを壊し狂わしていった。ヒルデもまた大時代の被害者の一人と言える。大時代が始まる前の時代も平和とは言い切れなかったがこれほど 「血が罪となりえるのでしょうか……?生まれてきた、ただそれだけで罰されるほどの……」 「ヒルデ」 「わかっています、わかっているのです……でも」 「ヒルデ」 「……っは!」 「お前は……参加するつもりなのか? 此度起こる戦争に」 「はい、もちろんです」 「……やめておけ」 「っなんで?! さっき言ったことが……先ほどの発言がいけなかったのだとしたら訂正いたします! だから!」 咄嗟にか混ざるタメ口を咎めることなく 招集された西の海支部1万五千すべて到着いたしました。 「ヒルデ」 「はっ」 向けられた手に電伝虫を置く。これから起こる事態を想像すれば緊張から口の中が渇く。武者震いが全身を襲う。 あまりに大きな全長に目を丸くする。実際に見るのは初めてだ。 能力について事前に聞いていたがこれほどとはと 「海が、海ごときが……!過ぎた口を!!」 「クンさんが動きましたね、そろそろ私も降りますか?」 「いや、まだだ」 はっ 小さく能力の一つを呟く。それは得意技である。 身体が少し軽くなった瞬間に私は逆立ちのような格好を取り片手で直立した。右足と右手で身体を支え左足と左手を横に伸ばす。右手に力を籠めればぐるん、ぐるんと右手を軸に身体が回り出す。1秒も経たぬうちに円を描いた足から渦が起こり私の身体を囲むように竜巻ができた。 普段出す竜巻と違いこの竜巻は私の身体を主軸としているのもあり強力である。 少しでもこの渦に掠めれば大抵の人は吹っ飛ぶという技なのだが……残念ながら持続力がかなり低い。精々5分が限界である。 じりじりと右手をずらし少しでも人の多い方に近づくがなかなかに体勢を保つのがきつくなってきた。誰も周囲に近寄らなくなったころ私は起き上がった。あまりに無駄なので。 銃声が鳴る。一発だって外してなるものかと反動に耐えながら胸へと当て行く。 巻き添えになりそうな幾人か兵のを抱え慌てて飛ぶ とはいえ仲間のためにここまで来て倒れる姿を見るのは流石に心が痛んだ。 「すまんなヒルデ。嫌な仕事を任せる……」 「いえ、そんな……大丈夫ですよ、お祖父様」 お気になさらないで下さい、と優しげな様子で続けるヒルデの声音は穏やかで、 「あいつが……あいつが言ったから!!センパイの腹心……!ヒルデ」 「っるっさいですね……。気安く名を呼ばないでもらえます?ごときが」 「ヒルデ准が……?!」 「おい、誰か!!あの道化師を止めなさい!!」  そうを指し示し命ずれば「はっ!」という声とともに長銃を担いだ幾人かの佐官が駆けていった。  その言葉を聞いて私は唖然とした。 最後に言い残すのがそれなのかと思った。それをこのタイミングで言うのかと。 恨み言じゃないのかと。世界を呪うのでもなく海軍を憎むのでもなく。生まれたことが罪なのだと世界に糾弾され、公開処刑なんて行われて。義父を失い、弟の目の前で殺されて、遺す言葉がそれなのかと。 愛されたことへの感謝を、今このタイミングで。 世界に切り捨てられお前なんていなければと言われながら。それでも世界を恨むより優先すべきことがあるのだと。 王の息子、そんな肩書を持つ男が誰かに愛されてそれに応えるなんて。 目の端にいた海が途端に実体を持つ。ただの、ただの王の息子ではなく、忌み子ではなく。人として、一人の男として。誰かに愛されここまで迎えに来られたそんな男が。感謝を告げながら殺されていく。 ああ、それはなんて…… 「ヒルデ……」 呆れの滲む嗜めるような声音が私を現実へと戻す。祖父の低く穏やかな声が。 「ヒルデ、泣くな……まだ戦いは続く」 「だ、だっでぇ……」 「だからやめておけと言ったんだ。お前はすぐに感情移入するのだから……」  その誰かを愛した男が私たちによって殺されていく。    (皆ネジが緩んでる……) そのことに気づいた上で淡々と銃を打ち込む。一人でも多く動けなくするように。後ほど捕縛できるよう足を狙って銃口を向けているがそんなことに何の意味もないことを理解している。どうせ死ぬ。この戦争で。 「コピー君……?」 慌てて駆け寄ろうとして寸前で止まる。 「……なぜ!!」 「お祖父様……」 かぶりを振って、センパイを仰ぎ見る。指示を仰ぎたくって。 やれと言われたら続行するつもりだ、戦いを。だがセンパイがそんな判断をしないこともまたわかっている。 先ほどまで四皇と戦いボロボロとなった戦力で新しく四皇と再戦するのはあまりにもキツイ。 最悪、海軍が壊滅する。 「ぐや゛じい゛……っ!!」 「落ち着け」 「おぢづい゛でま゛ず!!」 でも悔しいと泣く 片っ端から兵を回収していく 「いらぬとは思いますが死体袋です」 「ん? ああ、すまんな」 「いえ、では」 ぱしゃん。去ろうとして自身のコートに足を引っ掛けて転ぶ。 「……」 少しの沈黙が広がり私は能力で風となり慌てて赤髪海賊団の面々の視界から消えた。すごく気まずかった。 目的は、果たされました。両者の死亡……間違いなく我らの勝利と言って問題ないでしょう……でも、ですが!! 数日前孫が生まれると自慢げに語っていた男がいた。妻が妊娠したと、娘が結婚すると、来月プロポーズすると、そう語った者たちがいた。 「しかし、白髭の残党はともかく、現在マリン内にいる脱獄囚はどういたします?」 「……今争いを起こすわけにはいかん」 「畏まりました」 「昔ガードさんが言っておりました。拳こそが最強なのだと……」 「女だから非力だとでも? 舐めないでいただきたい」 力強く言い切って、振るった拳を撫でる。 一人で飲む気分では無かったんです……。 ……ヒルデ でもお祖父様! (やめるときの話) 悔しい……!悔しい!! バンッと机を叩く音にドイツはおいおいと声をかける、 私のせい……私のせいだわ……!あの時、あの時私が!! ぐ、や゛、じ、い゛……! 涙を流しながら地団駄を踏む女の指先は赤い。強く握りしめているためだ。そしてそれを振り上げるごとにどんどんと白くなっていく。 さほど真面目に働いていたわけではないドイツとしては何だかいたたまれない心地に陥る。 あの時私が仕留めていれば……!! 赤く顔を染めて嘆く内容は専ら年頃の娘らしくはない。 浮上した意識にごろりと寝返りを打つ。惨めったらしく未練を残しながらも、縋りつくわけにもいかずしぶしぶと起きあがる。 小さく呻きながら上半身を上げ、すんと鼻を動かして首を傾げる。甘ったるい香り。シトラスのさわやかな香りを打ち消すような甘ったるい匂いはどこか知っている。とはいえ、両方とも家や、本部の自室とはかけ離れているし船室とも違う。そしてほどよい反発を感じるふかふかとしたマットレスは身に覚えがない。 家では布団であるし、本部や船室で寝る際よりも明らかに寝心地は良い。 肌を撫ぜるシーツのきめ細かな質感と手をついた先の柔らかく暖かく、それでいて反発のある感触に嫌な予感が湧き上がり背筋を冷たいものが伝う。 そう、おかしいのだ。いつも寝るときは浴衣を上に着ているからリネン地が肌に触れることはない。肩に冷たい空気を感じることなどあり得ないのだ。 そこまで思考を回して、慌てて目を見開いた。布団に残る温度を崩すように押して自身の身体を見下ろす。黒い布に覆われていることに安堵して小さく息をこぼした。身体を覆っているのはまるで部屋着のような黒のタンクトップと同色に白のラインの入ったショートパンツ。見覚えのある服装のその布の質感に首を傾げながら考え込む。すぐに見当はついた。 本部ですぐに仮眠を取れるようにとスーツの下に着込んでいたものだ。普段のスーツと違いさほど身体を覆わない布に祖父はよく顰蹙を示すためその上に麻の浴衣を羽織っているのだが、人の気配がしたらすぐに目覚めるからと言い訳して仮眠室ではタンクトップとショートパンツだけで寝ている。そのうち祖父にバレたら改めようと思っていたのだがこのまま祖父が辞めるのならば今後バレることはないのだろう、と思ってまた気分が沈む。 左手に人の気配を感じながらも、そちらを直視する勇気は出なくて、右手の、ベッドサイドの床を覗いた。  冷たそうなグレーの石畳の床の上にマットが敷かれ、その上にお行儀よくスリッパが一足分並んでいた。ふわふわとした白のスリッパからちゃちな安宿ではないことがわかる。  そして目線を前へと向けた。頑として左側を見ようとはしない。見てしまったら、認知してしまったら、全てが崩壊しそうで。何も知らぬままなら、目に入れる前ならまだ後戻りできるような気がして。そんなこと、無理に決まっているのだが。  眼前に広がる内装はグレーとマゼンタピンクという相反する色で統一されていた。三人掛けの薄いグレーのソファにピンクと濃グレーのクッションが並んでいて、それとともに並ぶグレーの一人掛けのソファに囲まれた大理石製の丸机の上にはステンレスのアイスペールとピッチャー、それに二つのコップといくつかのワイングラスが並んでいた。昨日どれほど呑んだのかと想像してうんざりする。そしてその横にあるデスクの上には何故か黒のフリルタイがデスクライトに引っかかるようにして垂れている。 そしてその足元では薄ピンクのシャツが床に転がっている。……両方とも私の物だ。 薄ピンクのシャツは相当な苛立ちを籠めて床に叩きつけたのか皺だらけだ。 しかしシャツとタイの乱雑な扱いに反して、白のスーツの上下は綺麗に畳まれソファの上で重ねられており、正義の記されたコートはその横に恭しげに掛けられていた。 酔った私がそのような行動を取れるとは思えないことからして、畳み、ハンガーにかけてくれたのは横でいびきをかいている人物だろう。 しくしくといううざったい音でドイツは目を覚ました。 「お祖父様に叱られる……!」 第一声がそれであるあたりかなりの大物だなと思った。 「何だか……疲れました。本部から出ようかと……」



内容

嫌悪が情にかわり情が執着にかわる頃崩壊する話